杜(MORI)のティールーム

杜の都、仙台に事務所を構える杜協同法律事務所のスタッフたちが綴るリレーエッセイ

鈍行列車 (y)

 学生時代に鈍行列車を利用してよく旅をした。「青春18切符」という各駅停車の列車なら1日中乗っていられる切符があって、私はこれを愛用していた。学校が休みになると、東京へも大阪へもこの切符で行った。私は親戚のいる大阪まで行くことが多かったのだが、鈍行列車では効率よく乗り継いでも、仙台から大阪へは1日でたどり着くことは難しい。そこで、途中東京の友人宅に一泊、帰り道はまた別の友人宅に泊まらせてもらう。往復の移動だけで4日、今思えば途方もない感じがするが、格安でいけるのは学生には大きな魅力であったし、私はそんな旅を結構楽しんでいた。飛行機や新幹線の高い目線とは違って、地面にぴったり這っていると、車窓からその土地の生活がかいま見られるようで、それが面白かったのだ。ゆっくりと富士山を眺めたり、西に近づくにつれ多くなる瓦屋根の風景に見入りながら、地元の乗客がその土地の言葉で話しているのをなんとなく聞いているのは心地よかった。貧乏旅行だったけれど、ひたすら車窓からの眺めと車内の空気を楽しむ旅というのは、今思い返せばとても贅沢な時間であったと思う。
 そんな旅の途中、私の座席の向かいに、お母さんに連れられて3歳くらいの女の子が座ったことがあった。女の子はしばらくの間はちょんと座っていたが、遠慮がちに小さな声で童謡を歌い始めた。私が拍手する真似をすると、振り付けまでつけて、お母さんと私の顔を交互に見ながら、ニコニコと可愛い声で歌ってくれた。人気のまばらになった夜の車内がぱっと明るくなったようだった。その時聞いた童謡を、今、自分の娘が傍らで口ずさんでいる。振り付けも同じだ。その歌を耳にする度、あの夜の列車の情景が頭をよぎる。山あいのちいさな駅で降りていったあの母娘は今頃どうしているのだろうかと思う。